As Once in May

ファッション関係のコピーライターをしていた時期もあったそうです
【本の紹介】
Frost in May(『五月の霜』みすず書房)四部作等の著作のあるAntonia Whiteの自伝等の作品集です。生前に出版されなかった原稿を、死後に娘さんのSusan Chittyが編纂しています。内容は、四部作の主人公のその後の物語、短篇、『五月の霜』のモデルとなったローハンプトンの聖心女子修道会学校や、小説にも登場する二人の大叔母、旅回りの劇団に参加した時の回想記、及び4歳までの時期の自伝です。

【コメント】
Antonia Whiteの小説は、「人は年月を経て変化するものだ」ということと、「人は多面的で複雑なものだ」ということを繊細な筆致で書いています。本書は『五月の霜』シリーズの番外編として楽しめます。ほとんどの作品に自伝的要素が入っています。作者自身が非常にドラマチックで小説らしい人生を送った人なので、どの作品も内容が濃いです。また、White自身の文章から想像される作者の人となりと、他人(娘)が書く母親の姿はかなり異なるイメージで、その点もこの作者の興味深いところです。

「初めて旅回りに参加したときのこと」(The First Time I went to the Tour)という回想記に含まれている、ゲイの男性とのエピソードが印象的です。小説ではSugar Houseに、役者体験について書かれてありますが、このエピソードは省略されています。
「エヴァ(作者の演じた役の名前)、お願いしたいことがあるんだけど。…君はいつも、他の女の子たちとは違って見えるよ。他の子達よりも理解があるよね」私は溜息をついた。「何を頼みたいの?」…ジミーは一息に言った。「僕はいつもデレクに嫉妬しているんだ。あいつは素晴らしく文化的な奴だ。それに芸術的だし。あいつの作る素敵なクッションカバーを見たまえ。ああ、僕もあんなことができたらいいのに。エヴァ…君を煩わせたくはないんだけど…僕に、かぎ針編みのやり方を教えてくれないかしら?」
自伝のAs Once in Mayでは、短編集Strangeresに収められている「ローズ伯母さんの復讐」に書かれていることは一部実話との記述があります。経済状態が良くなかった祖父が、娘を家庭教師として自活させるべくウィーンに送り、5ポンド渡して「お前にやる最後のお金だよ」と言います。そして、父親は娘を、老いて家庭教師として勤められなくなった老婦人たちのホームに連れて行き、「お前が結婚しない限りたとえ何が起ころうとも、屋根の下に暮らせるという満足感を得られるだろう」と言います。当時の家庭教師の給料はコックよりも低く、労働環境は過酷だったようです。父親が18歳の娘にオールドミスとして生涯オールドミスとして薄給で勤め続けることを運命づけ、しかもその事実をわざわざ見せるのですね、涙。

 Antonia Whiteの著作の素晴らしいところは、内容の面白さもさることながら、文章の簡明さにあると思います。分からない単語が1頁に2、3個はありますが、いちいちその意味を調べることに一生懸命にならなくても全体を把握することはできます。それに、英文を頭から読んで、ほとんどの場合は一度読めばすっと内容を理解できます。私は英文を日本語のようにスラスラ読めるわけでもないため、洋書は面白さと読みやすさを兼ね備えていないと、読んでいるのが苦痛になってきます。その点、この人の文章はほとんど英文を読むことの煩わしさを忘れさせてくれるほど魅力があって読みやすいです。

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