Lucy(本)

Paul Gaugin, 'Siesta'


【書誌情報】
Jamaica Kincaid, Lucy, Farrar,Stratus & McIntyre Ltd.,1990

【あらすじ】
カリブ海の島出身のルーシーは19歳になると、北米に渡る。弁護士のルイスとその夫人マライアの4人の子供たちの乳母として住み込みで働く。裕福で美しく、幸せそうな理想の家族にはほころびが生じていた。ルーシーは理解と愛情のある雇用主のマライアと交流を深める一方で、故郷との接触は断とうとする。

【コメント】
シャーロット・ブロンテの『ヴィレット』を翻案した小説だとWikipedia先生が言うので読んでみました。『ヴィレット』から引用しているのはヒロインの名前と、親戚や知人のいない見知らぬ外国に行って働くということくらいで、もとの小説との共通点は少なめです。

『ヴィレット』には主人公の母親の存在がまったく出てきませんが、キンケイドの『ルーシー』では主人公ルーシーの、故郷の母親との関係とアメリカ(カナダかもしれません)で第二の母のような存在となる雇い主のマライアとの関係がテーマの一つです。ルーシーは母親を懐かしく思いつつも、何通も届く手紙を一度も開きません。

「お前は私から逃げられるよ。でも私がお前の母だという事実からは逃げられないよ。私の血はお前に流れているんだよ、私はお前を9ヶ月間身ごもっていたんだよ」
という母親の言葉から、ルーシーは逃げようとしているかのようです。かといって、生まれも育ちも共通点のないマライアとは、親切にしてもらっても心から理解し合うことはできないのでした。

全体を通じて主人公の物事に対する姿勢はクールです。一見幸せそうな雇い主の一家の崩壊も、父親の死も淡々と書き、故郷を理想化することもなく、金銭的に豊かなアメリカに幻惑されることもありません。「理由は説明できないけど」といった表現が特徴的で、そんなところが現代的に思えました。

英語は易しいし、短いのですぐ読めますが『ヴィレット』の内容の濃さには及ばないと思いました。私は20世紀初頭以前に書かれたか、時代設定が20世紀初頭以前の小説が好みですが、その理由は現代に近付くほど物や情報が手に入れやすくなり、人が「あこがれ」の感情を持ちにくくなるからだと思います。人でも、美しいものでも、抽象的な何かでも、文学の中に憧れが混じっていると、その気分を読んでいて追体験できる気がします。反対に物が氾濫してくたびれているような物語を読んでいるとちょっとだるくなります。

なお、表紙絵はルーシーが好んでいるゴーギャンの作品です。

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