The Sense of an Ending(本)

ボストン美術館所蔵

【書誌情報】
Julian Barnes, The Sense of an Ending, Jonathan Cape,2011
=『終わりの感覚』、土屋政雄訳、新潮社、2012

【あらすじ】
これといった波乱のない人生を過ごしてきた初老のアントニーは退職し、平穏な毎日を送っていた。ある日、大学時代に付き合っていたヴェロニカの母親が500ポンドの遺産と、アントニーの友人で彼とヴェロニカが破局した後にヴェロニカと交際し、20代で自殺したエイドリアンの日記を遺したとの通知を受ける。アントニーは聡明だった友人の死について疑問を抱いていたので、エイドリアンの日記を読みたいと願うが、代理人弁護士は日記はヴェロニカの手に渡ってしまったと言う。なぜ一度しか会ったことのない元恋人の母はアントニーに遺産をのこしたのか。なぜエイドリアンの日記を彼女が持っていたのか。アントニーは謎を解明するべく、ヴェロニカに連絡する。
2011年のブッカー賞受賞作。

【コメント】
本書はamazonでレビューが700くらいついていますし、図書館で借りようとしても常に貸出中で予約も複数入っているほど人気のある一冊です。先日、たまたま図書館の本棚にあったので、嬉々として借りてきました。

主人公アントニーは一度しか会ったことのない元恋人のお母さんが持っていた、若くして自殺した友人の日記を読み、その死の原因を突き止めたいと考えます。日記が自分の手元に来ないのでやきもきしますが、日記を手に入れようとしてアントニーが向き合ったのは友人のエイドリアンではなく、自分自身でした。謎解きは最後2頁くらいで書かれていますが、そこまで到達するとミステリーが本書のテーマではなかったのだ、と気付かされる仕組みです。

主人公が大学生だった頃の本棚に関する記述が興味深いです。
In those days, paperbacks came in their traditional liveries: orange Penguins for fiction, blue Pelicans for nonfiction. To have more blue than orange on your shelf was proof of seriousness. And overall, I had enough of the right titles:Richard Hoggart, Steven Runciman, Huizinga, Eysenck, Empson...plus Bishop John Robinson's Honest to God next to my Larry cartoon books. Veronica paid me the compliment of assuming I'd read them all, and didn't suspect that the most worn titles had been bought second hand.
上記のパラグラフに続いて、ヴェロニカの本棚についての描写があります。ヴェロニカの蔵書はイギリスの近・現代詩人、ジョージ・オーウェル、数冊の19世紀の皮革張の本、アーサー・ラッカム、『カサンドラの城』などでした。トニーは自分の蔵書が「自分がなりたい人物を描き出すべく歪まされている」一方で、彼女の蔵書について「まさに持つべき本」であり、ヴェロニカの思想と性格を反映していると考えます。ヴェロニカの本棚は文学少女風というか、文科系青年が少しミステリアスな文学少女に読んでほしいと思うようなラインナップという気がします。

ミルクティーをいれると、牛乳のたんぱく質が凝固して表面に膜ができ、うっかり取り除かずに飲んでしまうと妙なあまり気持ちの良くない食感が残ります。私には、この小説の印象はミルクティーの膜のようで、手が込んでいて洗練されているものの、あまり気持ちの良くない後味でした。語り手でもある主人公は、分かったふうな語り口で「人生なんてこんなもの」というようなことを言います。それでいて、ヴェロニカのこと、エイドリアンのこと、過去の自分自身のことすらあまり分かっていなくて、ヴェロニカに「あなたはまだ分かっていない。昔からそうだったし、今後もそうでしょう。もう分かろうとするのもやめて」と言われます。物事に真摯でなく、斜に構えた感じが白々しいです。白々しさも計算の上なのでしょうが、私はいまいち好感を持てず、作品世界から突き放される感覚を持ちました。

文学賞を受賞した作家も、受賞作が一番おもしろいわけではないこともあります。ジュリアン・バーンズは現代イギリスを代表する作家の1人で、評価も高いので、他の作品も読んでみます。

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