ダロウェイ夫人のマントルピース

And Lucy, coming into the drawing-room with her tray held out, put the giant candlesticks on the mantelpiece, the silver casket in the middle, turned the crystal dolphin towards the clock.
 ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』は中流階級の初老の婦人、クラリッサ・ダロウェイの1日
(1923年5月)を題材にした小説です。初夏のロンドンを舞台として、登場人物の若かったときの記憶、第一次世界大戦中のこと、現状の満足感と不安、フェミニズムへの関心などを「意識の流れ」の手法で書いた内容で、マイケル・カニンガムにより『めぐりあう時間たち』という小説に翻案され、映画化作品もあります。
he was a failure, compared with all this--the inlaid table, the mounted paper-knife, the dolphin and the candlesticks, the chair-covers and the old valuable English tinted prints--he was a failure! I detest the smugness of the whole affair, he thought; 
『ダロウェイ夫人』はファッション、化粧、インテリアなど女性らしい細々とした部分も書き込まれていて、その点でも興味深いです。ダロウェイ夫人の居間に飾られた大きな燭台、銀の小箱、クリスタルのイルカの置物、ペーパーナイフ、彩色版画などはクラリッサが娘時代に淡い思いを寄せていたピーター・ウォルシュからは「気取っている」と批判されますが、ヴィクトリア朝の名残りをも留める、当時のイギリス中産階級のよくある室内装飾だったのではないかと思います。
There were flowers: delphiniums, sweet peas, bunches of lilac; and carnations, masses of carnations. There were roses; there were irises. (中略) And then, opening her eyes, how fresh like frilled linen clean from a laundry laid in wicker trays the roses looked; and dark and prim the red carnations, holding their heads up; and all the sweet peas spreading in their bowls, tinged violet, snow white, pale--as if it were the evening and girls in muslin frocks came out to pick sweet peas and roses after the superb summer's day, with its almost blue-black sky, its delphiniums, its carnations, its arum lilies was over...
ダロウェイ夫人は冒頭でパーティのためのお花を買いに行きます。花屋さんで販売されていたのは、「飛燕草、スイートピー、ライラック、カーネーション、バラ、アイリス」でした。また、ピーター・ウォルシュは「最近、青いアジサイについて印象的な手紙をくれた人がいたな」と考えます。手紙の主であるサリー・シートンは大部分が回想の中で登場しますが、小説のキーとなる人物です。サリーが若いときに、花を頭のところで切って、鉢に浮かべて飾った、という描写もあります。青いアジサイは映画『めぐりあう時間たち』でも印象的に使われています。

ダロウェイ夫人のマントルピースはどんなふうだったかしら、と思いキャビネット上のディスプレイをしてみました。
銀無垢の小箱などというものは高価で手が出ませんので、蓋だけシルバーの瓶にしました。クリスタルのイルカは各社から色々な製品が販売されています。私のはウォーターフォード製でした。嫌味のない、かわいらしい形のイルカですし、波の形が溶けた飴のようなので気に入っています。ダロウェイ夫人の燭台は銀製のカンデラブラだっただろうかと想像しますが、ロウソク立てなど複数あってもあまり使う機会がないので既存のジャスパーウェアにしました。マントルピース用の大きな時計の代わりに砂時計を欲しいと思い、amazonで検索してみました。砂時計は意外と高く、安価な物はレビューに「砂が詰まるので時々振らないといけない。砂時計として機能しない」と書いてあったので諦めました。

原文はこちらで読めます。日本語訳はいくつか出版されています。みすず書房の近藤いね子先生の翻訳と集英社の丹治愛先生の訳が読みやすかったです。角川文庫版が一番普及しているように見受けますが、読みにくい文章で苦痛に感じました。光文社文庫版は読んでいません。私はオーディオブックも時々聴いています。日本ではDVDは出ていないようですが、映画も美しく、心打たれる作品でした。

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