エリザベス・ボウエン『愛の世界』

Giovanna Garzoni 左の虫はハチかも?

【書誌情報】
エリザベス・ボウエン、『愛の世界』、国書刊行会、2008年

【あらすじ】
アイルランドの朽ちた屋敷に、フレッドとリリアのダンビー夫妻と二人の娘が住んでいる。20歳になる長女のジェインは、屋根裏部屋で「G」と署名のあるラブレターの束を発見する。「G」はリリアの婚約者で、第一次世界大戦で戦死したガイの頭文字であることが判明する。婚約者を喪ったリリアを気の毒に思ったガイの従妹のアントニアは、庶出の従兄、フレッドとリリアを結婚させ、ガイの遺産である屋敷に夫妻を住まわせ、アントニア自身も時にその屋敷に滞在した。手紙に導かれてアントニア、リリア、ジェインの思いは過去と現在を行き来する。

【コメント】
本書に挟まれたリーフレットには、エリザベス・ボウエンが「ヴァージニア・ウルフ、アイリス・マードック、ドリス・レッシングに並ぶ、20世紀イギリス最高の女性作家」である由、書かれています。英文学ファン(?!)としては押さえておくべき作家だろうと思いました。せっかく日本から持ってきたのに、いつまでも本棚に積読しておくのももったいないので、読んでみました。

しかし、これまで何度か読もうとしていつも数ページ読んでやめてしまっていたのは、読書メーターやamazonのレビューでも指摘されているとおり、訳文の読みにくさが原因です。あまりにも読みにくいので、自分の日本語能力が途方もなく下がったのかと思いました。原文直訳調なのだろうと思いますが、むやみと倒置法を多用していて、登場人物たちの台詞の言葉遣いも不自然です。小説としてはおもしろいのに、文章がぎくしゃくしていて作品世界に入り込めません。本書を読んで、作風自体は好きな感じだと思ったので、ボウエンの他の小説は原書で読むことにします。

食べ物にハエがたかる描写が繰り返し登場します。「戦死してしまったガイが生きてさえいれば、何もかもがもっとうまくいって、私はもっと幸せだったはず」という思いを、リリアは別の人と結婚して子供が大きくなっても、抱き続けています。おそらく最初は新鮮だったその思いが、時の経過にしたがい、徐々に腐ってハエがたかるほどになってきたことの象徴だろうか、と思いました。舞台は田園地方なのに、一家が住んでいる屋敷は古くて手入れが行き届いておらず、全体によどんだ雰囲気が漂っています。それはいがみ合っているわけではないけれど、あまり仲良くもなく、お互いにやや冷淡なダンビー一家の関係性の反映なのかもしれません。

手紙は焼かれ、最後は飛行場のシーンで終わります。淀んだ空気を突き抜けるようなラストで、登場人物の行く先に希望が持てる余韻を残していて爽快でした。

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