The Good Apprentice(本)

ギュスターブ・ドレ(『神曲』は関係ありません)
【書誌情報】
Iris Murdoch, The Good Apprentice, Chatto & Windus,1985

【あらすじ】
ロンドンでフランス文学を学ぶエドワードは、同級のマーク・ウィルスデンに麻薬入りのサンドイッチを与える。エドワードがガールフレンドからの呼出しに応じている間にマークは窓から飛び降りて死んでしまう。裁判では事故死と認定され、エドワードが法律上の罪に問われることはなかったが、彼は殺人者としての自責の念に苛まれ、抑鬱状態に陥る。たまたま訪れた降霊会で「父を訪ねるべし」というお告げを受けたエドワードは、継母からの招待状を受けとり、高名な画家で、生き別れとなっていた父のジェスを訪ねる決心をする。継母と腹違いの姉妹たちは森深く、塔のある大きな家で自給自足の生活を営み、エドワードを温かく迎えた。しかし、エドワードが「父親はどこか」と尋ねてもはぐらかされるばかりで、なかなか会うことができないのだった。一方、エドワードの叔母は彼の継父と不倫の関係を持っていた。

【コメント】
アイリス・マードックの小説は長く、あらすじを読むとなんとなく辛気臭いですし、文章もすごく読みやすいとは言えないので、これを読むのは大きくて硬い木の実の殻か、石をこつこつと砕くようなものだと思います。でも、殻や石の中には味わい深いナッツとか、キラキラ輝く水晶が隠されていて、読み甲斐があります。

「うっかり人を殺す」という罪を犯した主人公のエドワードは救いを得るべく(実はこっそりと仕組まれた)超自然的な力や、偶然に導かれるように人里離れた森に住む父のジェスと継母、姉妹を訪れます。女たちは長いドレスに金髪の姉妹のようで、食べるもののみならず衣服や家具も手作りする浮世離れした生活をしていました。継母と姉妹は、愛人の子であるエドワードを親切に迎えます。朽ちかけた家には塔があり、夜になると森からバンシーの泣く声すら聞こえるほどでした。まるで中世騎士物語かおとぎ話の世界ですが、塔に閉じ込められているのはお姫様ではなく、耄碌しかかっている男性です。

おとぎ話のように物事が進むはずもなく、エドワードがジェスを発見し、家族の関係が明かになるにつれ、善意に満ちた無垢な乙女のような彼女達の本性が露になります。エドワードは幼少期以来、会ったことのなかったジェスが自分を覚えていることに感激し、彼を神格化します。やっとの思いで再会した父親は、自分が罪を乗り越える手助けをしてくれるに違いない、と考えるエドワードは必死にすがろうとします。しかし、ジェスはもはやかつての栄光も生活能力も失っており、エドワードの手からすり抜けます。人としてほとんど抜け殻状態であるにもかかわらず、カリスマ性が残っているジェスの描写が興味深いです。

本書のテーマは「罪からの救済」と「不倫の愛」だと思います。ただ、人々の意識の中心にある神のごとき存在のジェスは非常に頼りなく、エドワードも、義兄と不倫関係にあるエドワードの叔母、ミッジも結局は「神」とつかの間の接触をした後、自ら救いを模索するしかありません。本書がどれくらい宗教的なものを重視しているか、私には分かりませんが、神のような存在による一方的な救済ということはありえないのだろう、とは思います。

本書の主人公がエドワード、女主人公がミッジであるなら、第三の主人公はエドワードの母の再婚相手(ミッジの不倫相手)の連れ子である謹厳なスチュアートです。彼は禁欲的な生活をして、聖職者か、なにか他人に奉仕する職に就くことを望み、自らの信条にしたがって思ったことを率直に言いすぎるので、家族や親戚に鬱陶しがられます。スチュアートは、超然とした態度で、相手の感情にまったくそぐわない、理想論的なお説教を何度もします。その度にものを投げられたりして追い払われるのに、懲りずに同じことを繰り返して、最後には「学校教師になる!」という彼がおもしろくてすてき過ぎます。

なお、かなり多くの人物が登場するので、もしも読もうとする場合は人物相関図を作成されることをおすすめします。

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