驚異の部屋の片隅


英語版Wikipediaの、cabinet of curiositiesの記事には、珍奇の部屋、奇想の陳列室、ヴンダーカンマー、キャビネ・ド・キュリオジテについて、概ね以下のように説明されています。
  • ヴンダーカンマーは、持ち主による世界の支配を意図して作られたもので、世界の縮図、劇場を表現した。
  • 自然科学(似非科学含む)、地質学、民俗学、考古学、宗教、歴史的遺物などに関連するものを陳列した。
  • 現在では、cabinetという単語は収納家具の一種という意味でもあるが、元来は「部屋」という意味
  • 1587年に、ガブリエル・カルテマルクトはサクソン国王に、ヴンダーカンマーの必需品として「彫刻と絵、自国と外国の珍奇なもの、角や、羽など、動物にかかわる奇妙なもの」があると進言した。
  • 1632年にフランス・フランケンのヴンダーカンマーを描いた絵には、「絵画、キリスト教とギリシアの彫刻、熱帯魚、琥珀、貝殻、ミニチュアポートレイト、タツノオトシゴ、瓶入りの宝石、版画、硬貨、明朝の藍色と白の器、素焼きのオイルランプ」などが見られる。
  • 17世紀のヴンダーカンマーには、「動物の剥製、角、キバ、骨格標本、鉱物、考古学的なもの、小さく精密な彫刻、オートマタ、外来のもの、胡散臭いもの(一角獣の角と称して実際はイッカクの角など)」が陳列されていた。
都内の住宅事情では、よほどのお金持でない限り、一人一部屋+10畳前後のLDKが精いっぱいです。本来のcabinetは、戸棚ではなく部屋のことである、と言われても、専用の「驚異の部屋」を設けることは難しいです。でも、我が家にはテレビや応接セットがないので、その分のスペースである部屋の片隅に、ヴンダーカンマー的空間を作りました。

このキャビネットは、食器棚を意図して設計されているようです。中を見せるためには、側面もガラスになっているとか、内部に照明が取り付けられている方が良いですが、価格と用途を考えると、このくらいが適当でした。ヴンダーカンマーの説明に従うと、あらゆるものを、あまり系統立てることもなく、雑多なまま陳列して良いような感じです。私がここに積んでいるものは、だいたい、Wikipediaに挙げられている「ヴンダーカンマーの陳列物」のいずれかには該当するものと思います。


キャビネットの上には、昨年、夫がプレゼントしてくれた「驚異の棚」を設置しました。壁に掛ける方が好きですが、そうするとかなりの大穴を空けることになるため、少し不安定ですが乗せているだけです。中身は、アメリカ滞在中からあまり変わっていません。貝殻、鉱物、ガラス瓶、ヨーロッパの磁器などを陳列しています。標本瓶に入っている木の実は自分で拾ったり、食べたり(クルミ)したもので、ビーズの正多面体は自作しました。夫はふわふわした物が大好きなので、綿花を見て「これが一番ええね。ふわふわやね」と言っていました。

壁に掛けている卵の絵はリトグラフで、おそらく野鳥の図鑑の1ページだったのでしょう。北の空の方は、オフセット印刷で、これも古い天文関連の本の1ページのようです。額は、写真屋さんで買った既製品です。

フランク・ロイド・ライトの写真たてに、ベルリンで買った絵葉書を入れました。汽車?の前の部分に、数人の山高帽をかぶった男性が乗っていて、後ろには客車ではなく、空の荷車のようなものが連結されているという、シュールレアリスティックな写真です。全体が青系なのは、実際の色ではなく、モノクロ写真の加工か、変質でそうなったのではないかと推測しますが、却って超現実的な風景に合う色合いだと思います。機関車のようでもあるのに鉄道がなく、空の車の車輪が浮いているのが不思議です(合成かもしれませんが…)。この空間はきっと異次元につながっていて、いつの間にか、先の方がマグリットの「突き刺された持続」のように、あらぬ所から飛び出してくるに違いありません。「突き刺された持続」のマグネットは冷蔵庫に張っていて、絵葉書の妙な汽車がリビングの壁を通って冷蔵庫の扉から出てくる、ということにしています。





キャビネットの1段目には、鉱物と、貝殻などの海の物を陳列しています。奥行が深すぎて、後ろの方があまりよく見えないので、高さをつけました。葉っぱの模様が彫られている木製の箱は、来歴は分かりませんが、母が昔贈ってくれたものです。巻貝と二枚貝を収納しています。



2段目は、 クリスタル製品や、磁器、香辛料をしまってあります。香水瓶や試薬瓶は買ったもので、ジャムの空き瓶も使っています。十代の頃はポプリに少し興味があって、材料を集めたりしました。ポプリは1980年代に日本で流行し始めたそうで、そのころは材料を手に入れるのも一苦労だったと言いますが、現在は多くのデパートにアロマ関係のお店があります。先日、懐かしく思って「乳香や没薬は置いていますか」と訊ねたところ、アロマオイルを出されました。オイルではなく、樹脂はありますか、と言うと、お店の奥の棚から出してきてくれましたが、店員さんは、「今は、ポプリなどを作る人はあまりいないので、店頭には出していません」と言っていました。私は、アロマオイルを焚いて「癒し」を求めるよりは、乾燥したハーブやスパイスを調合して熟成させるポプリの方が、呪術などと関係もありそうで、あやしげな感じが好きです。ただ、なかなかうまい具合に調合するのは難しいし、アロマポットと好きなアロマオイルで手軽にできる方が、人気があるのかもしれません。


3段目は、青い鉱物を中心とした標本箱を収めています。標本箱は取り出さないと中身が見えません。

4段目は、ティーセットとデンマークのフィギュリンを収めました。驚異の部屋に陳列される彫刻は、ギリシア神話関連か、解剖学のヴィーナス、小型の骸骨など、おどろおどろしいものも多いです。こういった、かわいらしく小ぎれいなフィギュリンというのは、ヴンダーカンマーからは外れると思います。

食器以外のなにもかもが、まったく実用性がないし、こういうのを嫌がる人も多いと思います。これだけのガラクタを積んでいても文句を言わない夫に感謝しないといけないなと思いました。

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